不動産投資のテーマです

なにしろ、この午(九八年)、乗用車こそヨーロッパでトップだったが、トラックを含めた販売台数では一五年ぶりにルノーに首位を奪われたのだ。 その半面、ピエヒ会長は、B社が独立独歩でいくと確認できたことで、内心、安堵の胸をなでおろしていた。
というのはこれでB社はフィアッともルノーともプジョーシトロエンにも、合併はおろか提携の可能性さえもないことが、はっきりしたからだ。 商用車にしても、ユニークなブランド・イメージをもつB社が、それらのライバルと再編することは、VWにとってもっとも恐るべきことであった。
世界の自動車ジャーナリストは、みなそれを信じ切っていた。 そのB社が、こともあろうに世界二位のフードに身売りしてしまった。
ヨハンソン社長は、なぜ心変わりをしたのか。 九七年四月、ある電子企業の本社からABB社社長の座についたヨハンソン氏は、まず乗用車部門の基礎固めを急いだ。
それは、新車開発投資を果敢にすすめ、九七年当時、四五万台だった販売を早急に大量生産し、大量販売にもっていくことだった。 そこでへ二〇〇〇年までの新車開発に五〇億ドルという莫大な予算を組んだ。

そのかたわら、精力的にコスト・ダウンをはかった。 マネジャー・クラスの人員削減、プラットフームの削減などなど。
それによって得た資金で、トラック部門を世界最大メーカーに仕上げる目標も立てられた。 ただいかんせんへその野心的な社長も、自動車ビジネスに身を転じてからわずか一年余であった。
やがて、自動車産業という巨大などジネスを遂行するには、想像を絶する大量の資金が前提となることを悟りはじめた。 現在、B社乗用車の販売台数は、全世界で四〇万台弱、これでは激烈な世界自動車戦争にとても生き残れないと悟った。
会社を売るなら、いまである。 まだ乗用車B社のブランド・イメージの高いうちが、勝負のしどころだと判断した。
そのため、彼は、世界の資金潤沢な会社を探しはじめた。 この乗用車部門を売却して、その資金でトラック、バス部門を強化するつまり、商用車専業メーカーに徹するほうが得策だと考えた。
B社の重量トラックは、一九五四年に世界で最初にターボ・エンジンを搭載した輝かしい伝統をもつ。 しかも、この重量トラックの分野ばかりは、日本が進出している気配がない。
日本の道路事情が、かつてはそれを許さなかったからだ。 これぞ、B社の生きる道というわけである。
こうして、ヨハンソン社長がわずか半年前に出した独立独歩宣言は、大きく後退していった。 皮肉にも、彼のこの内心の決断は、ピエヒ会長との会談を終えてまもなくなされた。

九八年夏も過ぎたころであった。 乗用車部門の買い手を求める内偵が、極秘のうちにすすめられた。
それに、時間はさしてかからなかった。 秋には、もうフードの名前があがっていた。
なにしろ、フードの余裕資金は二三〇億ドルB社側からヨハンソン社長、フード側からはナサー社長が出席して、一回秘密会議がもたれた。 その会談で最大の問題は、お金に関することだった。
ヨハンソン社長は、いきなり七五億ドル車なしで生きていくための再建費(主として商用車部門)である。 B社のこれまでの投資費用と営業利益を部門別にみる。
これでおわかりのように乗用車、トラック部門を除いて、各部門とも投資費用にたいして、営業利益はかなり実績をあげていた。 トラックが最大のネックになっていた。
つぎが乗用車である。 その乗用車部門を売却して、その売却金でトラック部門の強化をはかろうというのだから、ヨハンソン社長の金額交渉も必死だった。
一二月にはいると、会談は真剣味をおびてきた。 B社側から、突然、代理人PL,モルガン社を通じて、買収金額の引下げが申し入れられた。
引上げではない。 おそらくトラック事業部の強化に、急を要してきたのではないかとされた。
今回の取引は、かつてロールス・ロイスがVWとBMWをふたまたにかけて交渉したような、どっちつかずの応札競争がなかった。 B社側は、はじめからフードを唯一の相手としてきたため、買収金額のやりとりではあまり露骨な場面はなかった。
買収額は、五〇〇億SKに決まった。 つぎには、ふたつの問題が残された。
ひとつは、その支払い通貨の種類である。 現金決済は当然としても、それをドルで授受するか、スウェーデン・クローネで授受するか。

この為替相場の変動はげしきおり、五〇〇億SKともなると、どちらかが為替リスクを負うことになる。 これも、フードが折れる形で、ボルボにスウェーデン・クローネで支払うことになった。
もうひとつは、ブランド使用権の問題だった。 B社は、乗用車部門を売却して、フード傘下にはいるが、トラック、バス部門はフード傘下にはいらない。
フードとは別法人である。 となると、はたしてトラックにB社の商標を使えるかという問題が残った。
結局、フードは乗用車、小型トラック(ighttruck)、中型トラック(mediumtruck)にB社の商標を使うとし、B社側は重量級トラックにその商標をつけるということで、無事決着した。 こうして一月に入った。
マスコミは、フードに質問の矢を集中的に放った。 B社は、すでに乗用車部門を売却するという意向をみせており、問題は、受入れ側がどこかということに集中していたからだ。

一月はじめに開かれた北米国際自動車ショーで、Jフード会長も、ナサー社長兼uwo(最高経営責任者)も、質問責めにあった。 二人は、口をそろえて、こうないことになっています」と。
「フード、B社乗用車部門買収」が発された一月二八日、ヨーロッパの株式取引所では、自動車株が、一銘柄を除いて、いっせいに株価をはね上げた。 パリでは、ルノー株が七・八%高、プジョーシロエン株が四・三%高、スウェーデンではB社株が九・七%高、スカニア株は一・九%高で引けた。
スカニア株は、B社自動車部門売却のうわさ以来、二〇%の上げ幅だった。 その一方で、フィアッ株は急落した。
これには、それぞれの事情があった。 まず、なぜフィアッは株価が急落したのか。
じつは、B社の売却意向が明らかになって以来、フィアッは商用車部門も含めたABB社全体の買収に一三〇億ドルを用意して待っていたといわれている。 それが六四億七〇〇〇万ドルのフードにさらわれた。
その失望売りであった。 それにたいして、ルノー株とプジョーシロエン株はなぜ値上がりしたのか。
これは、明らかに連想買いであった。 このところ、世界の自動車会社間の競争ははげしく 、まさに「皐闘」が毎日のようにくり広げられている。
強者はますます強くなり、弱者はますます苦しくなる。 いや、当面は弱者であっても、B社のように先をみて国際再編に身を投じる企業も出て編の条件によっては、株の供給不足をまねこともありうる。

ならば、強者の自動車株は買いだ、というわけである。 スカニア株が値上がりした理由が、もっとはっきりしている。
いまスウェーデンには、商用車メーカーは二社しかない。 B社とスカニアである。
B社は年間六万台を生産し、スカニアは五万台を生産している。 このスカニアにたいして、ヨハンソン社長は猛烈な買収意欲を燃やしている。
商用車の量産メリットを出すためである。 B社スカニア合併が実現すれば、年間生産台数はゆうに
一〇万台を超え、旧ダイムラー・ベンツについで世界二位となる。 こうなれば、二l世紀に生存しうる競争力は十分にできる。

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